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ウィーナとナゾノクサの身長差はひどかった。
ウィーナのすねぐらいまでしか、ナゾノクサの背丈はなかった。
相手が必死に体当たりをしても、それは蹴り返されてお終いだった。


ウィーナはナゾノクサを踏んでいった。次々に踏んでいくと、自分がゴジラにでもなった気分がした。
で、ナゾノクサは一匹残らず倒されてしまった。全員地面に突っ伏して、気絶していた。


そのとき背後から「ウィーナ」と呼ぶ声が聞こえた。振り返るとアミダとベカがこちらへ近寄ってきていた。


「え…? なんで出てきてんの。俺マジ頑張ったんだよ」
「いや、急に檻開いて…それで……」
「え…?」


……
……………         (#21 I 08.01.19)



「あーえーと、イエスが鍵もって来て開けてくれた。」
ベカがイエスが来たことを言うとウィーナはしばし唖然とした。
「・・・なんかすっげぇ・・・落ち込むんだが・・・」
「ていうかなんだこのナゾノクサの死t・・・軍勢。
 ほとんど倒れてる・・・これ全部ウィーナがやった?」
あまりの鬼畜光景にアミダは呆然とした。
ナゾノクサは一応かわいいほうとして心の中でランク付けされている。だからこそ可哀想なのだ。
「いや、まぁ、そうだけど、弱かったから・・・」
ウィーナがぼそぼそと言うとイエスがしゃべりだした。
「とりあえずさ、二人とも助かったわけだし、グラップ倒しにいかねぇ?」
その言葉にベカが反応した。
「え?何時誰がグラップを倒しに行くだなんて言ったっけ?」
グラップを倒したところで特に損も得もない。
今現在目的だったのがテストをクリアしアミダ達を解放させてもらうことだ。
誰もグラップを倒そうとは思っていなかったのだ。     (#22 N 08.01.19)



「いやあの・・・台本って言うか・・・」
イエスが口ごもる。これは俺の小説の一演劇なんだ、なんて現時点では言えるはずもない。
特に気性が激しい(とイエス自身で設定した)アミダからはなんらかの攻撃をもらうに決まっている。
いろいろな考えが頭の中をめぐって、そんな苦しさをごまかすように大声で言った。
「いやほら、ここのポケモンたちは恨んでるっていうか、そのグラップを、ね。だから倒すんだなーって・・・」
ウィーナたち3人はそろって不審そうな顔をしていた。イエスも正直「やっちゃったな」という気分である。
「とにかく行こうよ、善は急げって言うし、さあ。」
(何言ってんだ俺は・・・!)イエスの頭の中でこの言葉が何百何千と駆け巡る。
と、胸ポケットが震えた。携帯電話の着信である。
「あっ失礼」
イエスはそう言ってものすごい早さで3人の元を離れて話し出した。
ウィーナたちの不信感はつのるばかりだ。
「あいつ何者なんだ?」
「さあ・・・」
イエスの携帯電話はグラップからの着信を示していた。     (#23 W 08.01.19)



イエスはアミダが居る地点から30mほど離れた通路の曲がり角に、小走りのような、
走っているようにも見えるが、それが全力じゃないことは直感的に理解出来た。
「陸上系のスポーツにでもハマっているのだろうか」などという
アミダの勝手な妄想が頭を光速、いや高速で駆け巡って、消えた。
好奇心が強く、おてんば的な性格のアミダである。
電話の内容を聞かない訳が無い。そんなことはウィーナには云わなくても分かっていた。
止めても無駄だということも分かっていた。
その為か、ウィーナはアミダがイコスの後をつけていくのを止めることは無かった。
遠くで イエスの話し声が 聞こえてきた
アミダは抜き足差し足忍び足、
「お前泥棒の職業が向いているんじゃないか?」等と何処かから突っ込みが入ってきそうなくらい、
音も気配も立てずあの10m先の曲がり角の向こう、イエスが今丁度話している処へ向かって歩いていた。
イエスは、背後からアミダが来ていることを察知しているのかしていないのか、割と大声で話していた。
つまり、アミダが会話を聞き取るためには凄い好機なのだった。

―パキッ

何処かで、木の枝が折れる音がした。

一方特にやることもないこちらのコンビ、やることといったらせいぜいあっち向いてホイくらいのものだった。
そんな時、何処かで木の枝が折れる音がした。
ベカは気づいていない様子だったが、ウィーナには確かに聞こえた、背後からの音だった。

ウィーナはそれを察知し、骨髄反射ともいえる速さで、背後を振り向いた。
するとそこには―
鬼の様な凄い形相、はたまた般若に襲われている民のような物凄い、
近づいてはいけない―というような変なオーラを大量に放ちながら何かが此方に走ってくる。
それは…アミダであろうと思われる人影だった。

アミダはそのまま凄い形相の凄い速さでウィーナに直撃した。いったい何があったのか。     (#24 B)(Wによる推敲 08.03.09)



「――じゃあ彼らのこと、頼んだよ」

イエスに電話をし終えたグラップは携帯電話を閉じ、1人で役場へ帰ろうとした。
後ろから数人の護衛役人がついてきたが、俺だけで帰ると追っ払った。

グラップは帽子を目深にかぶり、身を隠すように街の雑踏を歩いた。
雑踏は人で溢れかえっていたので、護衛の目から逃げるのにもってこいだった。
ようやくグラップは誰にも尾行されていないと判断し、口を開く。

「どう思う?」

隣に誰もいないはずなのに、グラップは問いかける。

「この町の存在に気づき、しかも無断で入った。
彼らはさっさとこの手で処理しなきゃならない」

ナゾノクサもやられちゃったしね、とグラップは苦笑する。

「うん、それには賛成だよね…え、早く外に出たいって? 
ああ、君たちゴーストポケモンには窮屈な思いをさせていたね。
でもたまにゴーストの姿が見えるやっかいな人もいるからね。
まぁ、どうだい。この件が済んだときには、僕たちで旅行にでも」

嬉しそうに、グラップの影が動いた。     (#25 I 08.03.10)



「え・・・まじで・・・・・・?」


ベカはアミダの言葉を聞いて絶句した。もちろんウィーナもだ。

「本当だよ。途中で存在に気づかれてしまったからその先の話は分からない。
 けれどこの話は事実で・・・。」
アミダはイエスの口から漏れた言葉を脳裏で繰り返した。
ウィーナはこの街へ来た事を後悔していた。
「あぁ・・・やっぱりこんな街入るんじゃなかった・・・」
3人は目の前にある現実を容易に受け入れられなかった。
アミダはつぶやいた。



「後3日・・・」     (#26 N 08.03.10)



一方ゴーストポケモンたちを連れたグラップは、町長屋敷へは帰らず、町外れにある古い小屋に入った。
その中は、外見とは裏腹に、精密機械や化学実験の道具のようなものが所狭しと並んでいる。
「さあ、もう誰も見てない。姿を表してもいいぞ。」
グラップが言ったその瞬間、何も無かった空間に、突然2匹のポケモンが現れた。ゲンガーとムウマージである。


「いやあ・・・町の中は窮屈で仕方ないっすね、ここも窮屈ですけどね。」
ゲンガーが言った。グラップは笑みを浮かべて立ち上がった。
「言うな言うな、もうすぐ俺たちの大願が成就しようとしてるんだ。・・・人間の体を乗っ取って旅行に行く、というね。」


そう。この町のポケモンたちはみな、この世とは全く違う次元に存在するポケモンの世界からやってきて、
人間を研究するために、この場所に見えない町を作ったのだ。
しかしグラップ、それにゲンガーとムウマージには、別の企みがあった。それがさっき言ったことである。


「うまい具合に人間が3人、それも2人が男で1人が女だ。まったく望みどおりという奴だな。」
「はい、本当に嬉しいです・・・何年待ち続けたか・・・」
と言ったのはムウマージである。このムウマージは♀なのだ。
「イエスの原稿も素晴らしい、伊達にポケモン界でベストセラーを何回も叩きだしてないな。」


グラップは親友であり、ベストセラー作家のイエスにだけこの企みを打ち明け、
自分が人間を乗っ取って旅に出た後はこの町を任せるという条件で、台本を作らせていたのだ。
3日後にウィーナ・アミダ・ベカの体を乗っ取ると言うのもまさに台本通りで、数分前イエスと電話で話した内容だった。     (#27 W 08.03.10)



「大体なぁ!アミダがこの街入ろうって言ったのがいけなかったんだろ!!!」
どこからそんなでかい声が出るのかと疑問符が出そうなほど、大きい、よく響く声で叫ぶ
「………あの…」
「なっなんだよ!ウィーナだって一緒にベカ置いてこの街入ろうって言ったじゃないか!!!」
こいつは女を捨ててるのか、とも言いたくなるほどウィーナよりも大きい声を出して叫んでいたアミダ。
「あのさ…」
「うっうるせ…言い訳言ってる暇あるならさっさと出口探せよアミダ!」
「そういうウィーナだって早く探せよ!!!」
―――――


「あのさ…」
喧嘩も一段落し、二人はようやくベカが語りかけていたことに気づく。
「「なんだよ」」
二人の口調は厳しい。しかし、そんな口調に怯みつつも ベカはとある方向に指を指す
「あれ…」
見てみると、そこには大きな活字体で「Exit」と書かれた門があった。その奥には、銀世界があった。     (#28 B 08.03.14)



リザードンの顔をかたどった印が刻まれた、どこでもドアサイズの門がそこにあった。
大きな活字体で書かれた「Exit」の文字。
門は赤く錆びていて、つる草などの植物が縦横無尽に巻きついていた。

アミダはさっそく門の奥に広がる銀世界に足を踏み入れた。
外からでは寒そうに見えたが、実際は汗ばむぐらい銀世界は暖かい。
すうっと、空から白い粒が降ってきて、頬にそれが触れた。
それは雪のような冷たさを持っておらず、かといって火傷するほど熱を持っているわけではない。
白い粒はじっとりと溶けないまま、頬にへばりついた。

「…何だろう、この白いの」


銀世界を調査しているアミダをよそに、ウィーナたちは門を調べていた。

「どこでもドアに似てるな」

「似てるというか、そっくりだよね」

門はどこでもドアのように、グラップタウンから謎の銀世界へと空間を繋げていた。
そんなどこでもドアのことをこれ以上書いても無意味である。
理論的にも科学的にも証明されないものを、文章にしても理解に苦しむだけだからだ。

とにかく、門はどこでもドアのようにしっかとそこに立ち、
早くこの入り口くぐれよ、と言わんばかりにウィーナたちを待ち構えているのであった。     (#29 I 08.03.15)



「どうする?もっと進む?」
ベカが少しあせりながら言ったが、ウィーナはこの銀世界が何なのか気になるようだ。


「雪・・・じゃないな。少し匂いもある。何なんだろう・・・?」
「ウィーナもある意味物好きだねー。こっちは調べる気にもなれないよ・・・ふぁぁ・・・」
アミダがあくびしたのを見てすぐにベカが笑いからかった。


「えぇ?眠いの?睡眠不足かな?あっははははふぁぅぁ・・・・・・あ・・・」
「そっちだって眠そうですねーベカさん?私のこと馬鹿にしてる?」
「いや・・・・・・あの・・・・・・・・」



そうこうしているうちに、ベカとアミダはいつのまにか眠っていた。
ウィーナは白い粒を調べていたので、やっと2人が寝ているのに気づいた。
「あれ?なんで2人とも寝てるんだ?」
多分疲れたんだろう、ウィーナはそう結論付けようとした直前、ある可能性を考え出した。


「まさか・・・ねむりごな・・・?」     (#30 N 08.03.15)



そうだ。ねむりごなに違いない、「Exit」もワナだったんだ・・・早くここから逃げ出さないと・・・!

ウィーナはそう思い、寝ている2人の腕を引っ張り、町に戻ろうとした。
―その瞬間、ウィーナを激しいめまいが襲った。頭を抑え、その場にしゃがみこむ。

「・・・遅かった・・・」

遠のく意識の中、ウィーナはつぶやいた。目の前に広がる風景もゆがみ始める。
そのとき、何かがこちらに歩いてきた。ゆったりした歩幅で近づいてくるのは、イエスである。
ウィーナの目の前にしゃがみこんだイエスは、さっきまではおよそ想像もつかなかった、恐ろしく低い声で話し始めた。
「まさか電話を盗み聞きされるとはね・・・君たちはもう気付いただろう。そのおかげで台本も台無しさ・・・」
「この・・・悪党め・・・」
「なんとでも言えばいいさ。そもそもここになんの躊躇もなく入ってきたのが間違いだったんだ」
「・・・貴様・・・・・・」

その言葉を最後に、ウィーナもついに意識を失ってしまった。
イエスはそれを見届けると、冷酷な高笑いをあげた。そして電話を取り出し会話を始めた。相手はもちろんグラップである。

「うまくいきましたよ、町長様。でもどうしてこんなに急ぐんです?台本と全然違いますよ。」
「つべこべ言うな、とにかく3人を俺の隠れ小屋に運んでくれ。話はそれからだ。」
イエスはいぶかしく思いながらも電話を切った。     (#31 W 08.03.15)



イエス、そしてその他2人は、雑踏から遥か離れた人気の無い道を歩いていた。
しかし、その他2人の方は、眠ったまま乱雑に大き目の網に入れられている。「運ばれている」と言ったほうが正しいだろうか。

「ふんふふーん」などとイコスの口から下手な鼻歌が漏れるが、聴いている者は誰一人いなかった。

「見えた見えた」

イエスの目線の先、整備もされていない道の先に、古びた木造の一軒の小屋があった。
「よし…最近体も鈍ってるし…あそこまで走るか…!」
10秒ほど脚を横に伸ばし、屈伸、アキレス腱を伸ばすという一通りのストレッチを終えたあと、イエスの足先から土煙が舞った。刹那


「おい待て!そいつらを放せ!」
後ろの方から声が聞こえ、イエスは今風を切った体を翻した。

イエスは今、網の中に居た人間が2人だったことに気がついた     (#32 B 08.03.15)



 瞬間、網は真っ二つになって宙を舞った。
 桃太郎の法則で中にいる2人は無事であった。
 2人は網から放たれるとすぐさま地面に叩きつけられた。

 イエスは2人の顔を見る。
 アミダとウィーナである。それに下敷きになるように、ベカの顔がある。
 …おや? そこにはきちんと3人いた。3人とも眠り粉でぐっすりである。
 じゃあ、あの声の主は?

「こっちだ、イエス!」

 背後からの声。振り向き、3人を守れる位置に立ち、身構える。
 いつのまにか辺りには薄い霧がかかっていた。よく見えないが、人影らしきものがあるにはある。目をこらす。
 それが見えたとき、イエスは驚いた。意識が飛びそうになった。何も言えずに、固唾を飲んだ。
 絶叫し、騒ぎ、倒れて地面をのたうちまわりたい。まさか、まさか…

 そこには、確かに、イコスがいた。
 あのときのまま、幼い顔をした、イコスが。     (#33 I 08.05.04)



「そんな・・・・・・なんで・・・・・・何故イコス・・・・・・お前がここにいる!」
イエスは叫んだ。別の世界の自分に。
かつて共に過ごした親友に。

そして呪われてしまった人間に。

「せっかく久し振りに会えたのに、なんてことをしてるんだお前は。」
イコスと呼ばれた幼い者は、低くもない声で力強くそう言った。

「うるさい・・・・・・俺だってこんなこと・・・・・・
 でもお前の為にここでずっと駒として使われてきた!
 そして今していることが最後なんだ!邪魔しないでくれ!」
「俺はそんな悪い事と取引に呪いを解いてはほしくないなぁ。
 そいつらをどうする気だ?誰かの命令なんだな?」
イコスは問い詰めるように訊いた。
が、イエスは答えも言わずに、勢いよく走り出した。その走りの錘となるは、罪悪感。
しかしイコスは追いかけもせずただ悲しみの表情でその場から動かなかった。     (#34 N 08.05.05)



イエスは走った。どこまでも。捕まえた3人やグラップのいる木造小屋のことなど、
全部頭から吹っ飛んでいた。イエス自身も、どこへ行って何がしたいのか、全くわからなかった。
イコスはその悲しい後ろ姿をずっと動かずに見ていた。
そしてまだ眠っている3人に近づき、小さな声でなにやらつぶやいた。
次の瞬間、3人はパッと目を覚ました。
が、自分たちがどうなっているのか全く把握できず、ただお互いに顔を見合わせたりするだけだった。
そしてウィーナが、真っ先に見知らぬ少年の姿に気付いた。
「そうだ、君はいったい誰?」
「僕はイコス・・・結論から言うと、僕は呪われた人間。君たちが見ているのは幻みたいなものさ。」
イコスはきっぱりと言った。
しかしウィーナたちには、何のことやらさっぱりわからない。その状況を察したのか、イコスはまた口を開いた。

「君たちはイエスを知ってるよね、僕とあいつは子どもの頃からの親友で、
 5年ほど前になるかな・・・君たちのように旅に出て、このグラップタウンを見つけて、そして入ってしまった。
 そのとき僕たち2人は本当は両方殺されるはずだった。
 でもイエスは知っての通り文がうまいだろ・・・それをグラップがたまたま見つけて、イエスに言ったんだ。
 『これはポケモン界でベストセラーを出せる、一緒に来ないか、
 ただし人質としてお前の連れを呪う、もしワシの下で大仕事を成し遂げたらその呪いは解いてやる』―とね。
 イエス、というより僕が承諾したから、僕は呪われてこの街のどこかに眠り続けることになり、
 イエスはポケモン界でベストセラーを出した。
 そこでグラップは自らのたくらみを打ち明け、イエスに台本を書かせ、
 条件に合う旅人をずっと待ち続けた・・・そこに君たちが現れた。もうすぐ君たちはポケモンに乗っ取られてしまう。」
イコスが話し終わった後、3人はまた顔を見合わせた。イエスにそんな過去があったなんて、という驚きだった。
「・・・じゃあイエスは君のためにこんなことしてるってわけ?」
アミダがイコスに向かって言った。イコスは少しうつむいて答えた。
「うん、イエスは根は全然悪くないやつなんだ。・・・本当に悪いのはグラップだ、
 僕はさっき確かに聞いた、イエスは仕事が終わった後、コイキングに魂を乗り移らされてしまうんだ!
 つまりイエスは嵌められてたんだ。君たちなら出来る、イエスを助けてグラップ、ゲンガー、ムウマージを打ち破ってほしい、
 そしたら呪いも解けるし、この街も永遠になくなるから!」     (#35 W 08.05.05)



「後は…イエスが3人を運ぶだけで手筈が整うのだな…」
「はい、ストーリーは完璧であります。あとはアクターを揃えるだけであります。」
「そうか…ふふ…ははは…」
下拵えを殆ど終え、独り笑壷に入るグラップ
「グラップ様…まだ下拵えは終わっていませんよ…」
グラップの焦りが混じる期待に、こちらの補佐は微苦笑を浮かべる
「イコスの脚力から見るとそろそろ到着しても良さそうな頃だが…どうなのだ?」
「…えーグラップ様…今小屋の使用人から連絡が入りましたのですが…申し上げにくいのですが…イエスがアクターを置いて逃げ出したようです…」
あれだけ待ってすかを食う破目になったグラップは、それまでの薄笑いが噴飯に変わる


「どうしますか?グラップ様…」グラップが笑っていることに訝しみながらも、返答を求める補佐
「どうもこうも無い、私をここまで呆気に取らせるとはね… 裏切りものには何をするべきか、お前も知っているだろう…?」
またグラップは顔に微笑を浮かべる、今度の微笑は少し怒りを含んでいたようにも見えた。     (#36 B 08.05.05)



ベカはイコスに渡された短刀をぎゅっと握りしめて、イエスのあとを追っていた。
仲間と自分探しの旅(笑)をしていたはずだったのに、なぜこのようなことになってしまったのか。

親が見たらどう思うだろう。
そんな刀持って何してるんだ。すいません、それは言えないんです。ごめんなさい。
ああ、ああ。


ベカは短刀をじっと見る。

この短刀はイエスの場所が分かるんだ。イコスが言っていた。
この短刀で、イエスの体のどこでもいいから、切り傷を負わせてくれ。イコスが言っていた。

刃先はさらに続く一本道の先を向いていた。道を進むにつれて、短刀は光り輝いた。
この先にイエスがいるということだろうか。


協力してほしい。イコスが言っていた。


…ええい、知るか知るかそんなもの。
第一なんでアミダとウィーナはイコスとまったり待機してるんだふざけるな眠い寝ていいですか。

ぶつくさ呟きつつ、ベカは道を歩んでいった。
その背後にグラップのゲンガーが憑いていることを、ベカは知らない。     (#37 I 08.05.11)



「見事に失敗してますねぇ?本当にやる気あるのですか?」
走り、疲れきって座り込むイエスに、ついてきていたムウマージが責めた。
しかしイエスはただ顔を伏せたまま何も言わなかった。
「この失敗は裏切り行為として報告しました。後は罰を待つだけですね。」
脅迫的な言い方をするも、イエスは何の反応も示さない。


「・・・いいこと教えてあげますよ。ゲンガーからの連絡です。『今 男が1人、イエスを追いかけている』 って。」
イエスはとっさに顔を上げた。


誰だ?イコスか?しかしあいつは広い範囲に動けないはずだ。
じゃあウィーナか?それともベカか?
しかし俺を追いかけて何をするつもりだろうか。説得か、戦いか、ただの様子見か。
何にしろ、こちらにはムウマージという切り札がある。


「何か考えているみたいだけど・・・私は何があっても知りませんよ。ただの観察係ですから。」
やはり無理か。だいたいこいつらはもともと信用できない奴らだ・・・。


もしグラップの計画を果たせても、イコスの呪いを解いてくれるかどうかもわからない。
ただ、少ない可能性を信じてやっている。3人の犠牲者が出ることにはなるだろうが。     (#38 N 08.05.12)



そのころウィーナとアミダは、イコスと一緒に、誰もいない小さな道を歩いていた。
ベカが短刀を握ってしぶしぶイエスの所へ向かった直後、イコスが「僕についてきて、見せたいものがある」と言ったのだ。
太陽も西に傾き、街がオレンジ色に染まってきていた。3人はずっと無言だったが、アミダが口を開いた。

「そういえばあの短刀・・・どういう意味があるの?」
「あれ?あれは、イエスの居場所を探し当てるのと、刃にちょっとした薬が塗ってあるんだ」
「え?まさか毒・・・とかじゃないよね?」
「まさか。神経を刺激する薬で、これが脳に回れば昔の思い出がぐるぐる甦ってくるんだ。」
アミダはウィーナと顔を見合わせた。ウィーナも「わからない」という顔をしている。
「楽しかったあの頃を思い出してほしくて・・・そしたら何か力が生まれるんじゃないかな、って」
「じゃあその力を発揮させてグラップたちを倒す、ってか?」
ウィーナが言った。イコスは小さくうなずいた。

「・・・で、今私たちはどこに向かってるわけ?」
アミダが聞いた。もともと目的を知らされずについてこいと言われたのだ。
「僕の『本体』が眠ってる場所さ。そこにあるものがある、それを君たちに渡したいんだ。これでグラップと戦えるはずだから」
「本格的な戦争だな・・・」
ウィーナが薄暗くなった空を見上げてつぶやいた。

一方ベカは、ついにイエスの元にたどり着いた。イエスの横には、意地悪い笑みを浮かべるムウマージがいた。     (#39 W 08.05.12)



ジャンプしながらナイフの照準をイエスに向けた
「しねえええええええええええええええ」
自分の珍妙かつ甲高い声が響き渡る
張り切りすぎて一部声が裏返った



イエスがはっと振り返った

しかし振り返ったときにはもう遅い、あと四半秒でこのナイフはイエスに突き刺さる―はずだったのだが



「ぐへぇっ!」

誰かに足を引っ張られて顔面から地面に激突 ナイフの感覚が手から消える あまつさえ情けない叫び声が口から出た アタシは死んだ スイーツ(笑)




5秒ほど過ぎて臥したまま顔に付着した泥を拭い落とす

そこには、ナイフの先端に付いた液体を訝しみながら見るイエスが居た     (#40 B 08.05.24)



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