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アミダはいつしか暗夜の中にいた。眼を開けているのか閉じているのかさえ分からない暗闇だった。

ここはダークライの影の中だろう、とアミダは思う。この圧倒的な暗闇の閉鎖性は彼の孤独を思わせた。
もしくは、これはダークライがアミダに見せる悪夢なのかも知れない。隙を突いて眠らされた可能性は十分あった。
いずれにしても彼女には恐怖も不安もなかった。自分がなぜここにいるのか分からないから、リアリティがないのだ。

ここは恐ろしく静かだ。耳栓をして湖の底に座っているような静けさだった。ここは自分の足音も聞こえなかった。
靴底に感じる地面の感触は、アミダが知らない種類の硬質さを持っていた。足音の鳴らない地面?
ここは恐ろしく静かで、恐ろしく暗闇だった。光がないのだ。

彼女は仲間の名前を何度も力強く呼んで叫んだが、返事どころか自分の声すら煙のように消えて聞こえなかった。
この暗闇はあらゆる点で無感覚の塊であった。暑くもなく寒くもなく、風もなく優しい森の声もしない。

やがて、アミダは自分の中でのリアルを失った。自分は、みんなは、一体、どこに、行って、しまったのか。

咄嗟にアミダは腕時計を耳元に近づけた。秒針の動く音だけは無料で聞こえた。
時間が動き続けるかぎり空間は動いていた。それを"知っている限り"私は存在した。(古代ポケモン神話の一節)
彼女は秒針の動く音を聞き続けた。腕時計で自己認識を新たにするのは初めてだった。だがコースはあっている。

アミダは秒針の動く音に耳を傾けることで、少しずつ自分の中でのリアルを取り戻していった。

「ふん…あんたはグラップでもダークライでもないんだね」

その声は井戸の底から響いてくるようだった。アミダは振り返った。
暗闇の中で見覚えのある赤い目たちが浮き彫りにされ、こちらを凝視していた。     (#79 I 09.06.20)



自身に向けられた赤い目を見る。
すぐに相手が敵であるムウマージだとわかった。その隣にはゲンガーもいるようだ。
腕時計についているちっぽけなライトをつけてみる。仄かな光に2匹のゴーストポケモンが照らされる。
こうしてみると、やけにゴーストらしい雰囲気が出ていて少し怖い。

「ここ、何処?」

アミダが訊くと、ゲンガーの呆れた声が返ってきた。

「敵に質問するとは、余裕でもあるのか?」

そう言われてみれば、2対1のこの状況で質問するのもおかしいな、と改めて思った。
小声で「そうじゃないけど……」と呟いてみる。その声は相手に届くこともなく暗い虚空と同化していく。

「まあいい。別に始末しろとも言われてねえしな。暇つぶしに話をするのもいいか。
 ここはダークライの影の中、もとい、"なぞのばしょ"だ。
 あまり動くと元の場所に戻れなくなることもある。だから俺達はここでじっと待ってるんだ」
「グラップ、ダークライがあたし達を出してくれるのをね」

確かに、もし2匹がこの空間を自力で出入りすることができるならば、今頃地上で戦っていることだろう。
ここで待つことしかできないことに不満はないのだろうか。本当にゲンガー達は、グラップとダークライに従順なのだろうか。
何かと質問したくなるが、1つに抑えた。

「あのダークライとグラップは……」

訊こうとしたところで、ゲンガーが目つきを変えた。何かの気配を感じ取ったのか、さっとあたりを見回す。


「あ……」

そこに、人間が、青年が1人いた。     (#80 N 09.06.20)



「誰?なんでここに……あ!」

ムウマージが言い終える前にゲンガーが青年に向かって黒い塊を投げた。
だが、細長い物体が間に割り込んでそれをさえぎった。

「ん?どうしたオオタ……いてっ」

間の抜けた声を出した主人、危険を理解できていない青年をオオタチが叩いたようだ。

「な、なんだよ、暗いから見えないんだよ……怪しい光!」

その場にいた者は、目が明かりに慣れていなかったため目が眩んだ。
ただし、技を出していたネイティオを除いて――


数秒してアミダはようやく目が見えるようになってきた。
青年は何故か泥だらけで、腰には大きな中身のせいで形の歪んだポーチを着けている。
青年のそばでオオタチがきょろきょろとオオタチ自身の体を見ている。
アミダがその仕草を可愛らしいと思った瞬間、青年の後ろにいたネイティオと目が合った。

「うわ、こっちみんな」

咄嗟に出たアミダの言葉はネイティオを悲しくうつむかせた――


オオタチはゲンガーの黒い塊を、胴と尾の区別の付かない体で受け止めたが何ともない。
オオタチもそれが不思議なようで、自分の体をきょろきょろと見ている。

「ケッ!これだからノーマルタイプは……」

ゲンガーが不満そうな顔をしたのを見て、オオタチは誰が黒い塊を投げつけたのかを理解した。
オオタチは顔に薄く笑みを浮かべ、ゲンガーに跳びかかった。

「え?おい、オオタチ!」
「ひっかくか?突進か?そんなもん効かねえよ!」

オオタチの右手はゲンガーにダメージを与えた。

「油断しすぎよ……『泥棒』ね……」

ムウマージはゲンガーの行動に呆れている。何も盗れなかったオオタチは不満気な顔をしている。
そしてネイティオはうつむいている――     (#81 T 09.06.22)



その直後場は不穏な空気に包まれた。
首をうつむかせたまま動かないネイティオ、よりいっそう眉をしかめてオオタチを睨むゲンガー、何も言わず空に浮くムウマージ。

そしてこの場を揺り動かす原因を作り出したオオタチは特に悪びれた素振りも見せず、むしろ戦闘体制に入っている。
「おいおい……どうするつもりだ……」
青年は困り果てた表情を顔に浮かべると、口笛を吹く。
その口笛の音色はオオタチの耳にも届いたらしく、オオタチはすぐに口笛の吹いた主である青年のそばに寄るとムウマージとゲンガーに対し身構える。

「そっちがそのつもりならこっちもやらせてもらうわ」
そう、静かに言葉を放ったムウマージは次の瞬間、黒い影の塊をネイティオめがけて放つ。
ゲンガーの放った物より遅く、しかし大きい塊はネイティオに近づきずつあるがネイティオは身動き一つしない。
ぶつかりそうになった瞬間だった。
ネイティオは確かに皆が見ていたはずだがその場から瞬間的に形も影もなく姿を消し、黒い影の玉が通り過ぎると青年の後ろにその姿を現した。

テレポートで一瞬でその空域を脱し、青年の後ろに回りこんだ。 ただそれだけのことだがアミダにとっては驚くべきことだった。
もしかしたらテレポートでこの空間から脱出できるかもしれないと淡い期待を寄せたが今はそれどころではない。

青年がこちらの味方なのか、それともただの味方する気の無い第三者なのか。 それが重要だった。
だがこれから戦闘が開始される以上、向う側の味方でないのは確かだ。 しかし今は自分は戦うことは出来ない。 この青年に頼るしかなかった。
その後ネイティオは少しばかり青年の前に立ち、うつむいた顔を上げてどこかを見据える。
その光の無い目は何を見据えてるのか、ネイティオのトレーナーである青年以外は理解する事はできないだろう。
アミダもすでに戦闘が開始されていると判断し少し離れるが先ほどの言葉を思い出し青年が見えるように距離をつめた。


――そして青年が二匹のポケモンに行動を命じた瞬間、戦闘は開始された。     (#82 S 09.06.23)



青年の表情には、自信があるともないともいえなかった。
しかしさっきの様子だと、ポケモンはよく訓練されているらしい。
二匹とも主人の命令に従って機敏に動き、隙を突いてはゲンガーとムウマージにダメージを与えた。
アミダは、ゲームはおろかアニメでも決して感じられない緊迫と躍動に感動を覚えていた。

そして、このときになって初めて、ゴースト二匹の強さがわかった。
彼らは単なるグラップの子分ではない――。その気になれば、支配さえできるはずだ。
それなのにグラップとダークライに従ってこの暗闇で耐え続けている。そこまでさせる計画とはなんなのか。
単純に人間の体を乗っ取って楽しむだけなら、アミダたちを襲えば事足りたはずだ。
「ゴーストタイプの中には人間を乗っ取ってしまう邪悪な力を持つものがいる」と聞いた事があったから。

戦いは続いている。どちらが優勢かはわからない。

ゴースト二匹には真の狙いがあるのではないか、そしてずっと「なぞのばしょ」にいたのであろう青年は一体誰なのか……?
最初の感動も忘れ、目と鼻の先で繰り広げられている激戦のことも忘れ、アミダは考えにふけった。



相変わらず、グラップは黒いオーラをまとって宙に浮いている。特に攻撃をする様子はない。あざ笑っているようにも見えない。

エレキブルのダメージは大したことはない。ボーマンダも消耗しているがまだ戦える。
イエスの傷もほとんどふさがっているし、ベカの体のしびれも治った。イコスの右肩には、心配そうな顔でツバサが止まっている。

集団で金縛りにあったかのように、誰も動けなかった。もちろん自分を含めて。
ウィーナは考え続けた。突然変異――百数十年前に唯一確認された事例、それが今起こっているというのか。
しかし「突然変異は二度と起こらない」というのがポケモン学界の定説ではないか?そこでウィーナは考えを改めた。

ここはもともと「地図にない町」だったではないか。

そして現れた大量のポケモンたち。突然変異が起こっても、不自然ではないはずだ。
もう一度考え直す。百数十年前……そのときは何が原因で突然変異が起こったのか……誰かから聞いたことがある。
記憶が少しずつ蘇る。それは確か、「悪夢を見せつけて精神を狂わす暗黒の技」。
悪夢を引き起こした者は、その後数日かけてある場所に封印された。それがどこかはわからない。

「悪夢を引き起こす者」――そんな能力を持ったポケモンを、たった一匹だけ知っている……ウィーナは身を震わせた。     (#83 W 09.06.23)



「ねえねえオオタチさん」
僕はサイコキネシスをムウマージにふっかけながら隣にいるオオタチに問いかける。
「ん?なに?」 オオタチから短い返事が返ってきた。
質問を言おうとしたらムウマージのスカートみたいなやつの中からシャドーボールが飛んできたので、床をちょっと蹴って避けた。
すると、ゲンガーに攻撃をしかけていたオオタチが身を翻してこちらの近くにやってきたので、質問をしてみた。
「さっきさぁ、あのゲンガーが『あまり動くと元の場所に戻れなくなる』とか言ってたじゃないですか」
とりあえず確認をとってみる
「ああ、いってたね、うん」
実にオオタチらしい返事だ。こちらの聞きたいことが短い文の中に集約されている。
「ということはですよ、こんなふうに攻撃避けてたらなんかやばいことになっちゃうんじゃないんですかね。
ほら、君なんかさっきゲンガーのとこまで走っていましたし、危ないんじゃないですか」
「あ、確かにやばいね。攻撃くらってふっとばされて別次元行っちゃったりとかしたらやだもんね」
オオタチも僕の論理が分かってくれたらしい、やっぱり危ないよこれ。
「でもさ、ご主人さんが攻撃しろって言ってるわけだし、どうしようもないよね」
ああ確かに、それは考えていなかった、どうしよう。ご主人様に逆らうわけにもいかないしなぁ。
というかね、僕はご主人様に「あのポケモンバトルの近く、やばそうだから近寄らないほうがいいよ」みたいなボディーランゲージをやったんだよ、
それなのにご主人様はよく意味を理解しなかったらしく、
「おもしろそう!みにいこうよ!」とか言っちゃってさ、挙句の果てになんか黒い光に巻き込まれて変な世界に紛れ込んじゃうしさ。
ああ話がずれた、とりあえずちょっと彼らに休戦を申し込んでみよう。そうすればこの変な世界のことについても聞けるしね。

「ねえ、そこのゴースト共、戦いやめないかい?」
あ、共 はまずかったかな、彼らキレちゃうかな、キレなければいいな。
「ああ?あんだって?」
ゲンガーさんの怒声が飛んできた。やっぱキレてた。怖いなぁ、でも言うしかないか、反対されちゃわないかな。
「いや、だから、休戦しようよ休戦。最初に喧嘩しかけてきたのそっちだし、僕たち何もしようとしてないし、さ」
「そーだよそーだよ、もしかしたら君達が攻撃されてふっとんで戻れない場所に入っちゃうかもなんだよ!」
オオタチも参加してくれた、ベターなタイミングだ。
「ああ、そういえばそうだったな…。いやなんかその黄色いくちばしの奴がこっち見ててむかついたからつい…な」

殺意が芽生えた、けど休戦は出来たはず。殺意が芽生えたけど。     (#84 B 09.06.27)



イエスはExitの扉の前まで走っていた。
走ると傷の痛みが彼を襲った。誰かに訴えかけているような痛みだった。訴えられているのはもちろん彼自身だった。
そのオオタチとは広い橋の途中ですれちがった。それなりの苦労もしてきたといったタイプのオオタチだった。
「初めまして」オオタチは彼に気づいたが逃げる素振りも見せなかった。「私の名前はシナモンといいます」
「初めまして」とイエスは言った。「俺はイエス…って、これ俺の名前な」

シナモンと呼ばれるオオタチは知っていますよと言わんばかりに、にこやかに頷いた。
川の流れる音が2人の沈黙を包んだ。シナモンは橋の手すりに上って、イエスを見下す格好になった。

「弟を見ませんでしたか? 弟は人の言葉もすっかり忘れてしまいましたが…」
「たぶん…俺がこれから行くところにいると思うね」
「それはどこなのですか?」

イエスは何も言わずにExitの扉に向かって走り出した。シナモンも慌てて後ろをついてくる。

このシナモンと呼ばれるオオタチは、恐らく呪いでポケモンに変えられてしまった人だろうとイエスは思う。
グラップたちはたくさんの人間をポケモンに変え、この町を築き上げた。というのがウィーナの考えだ。
あながち間違いではないだろうが、このシナモンと呼ばれるオオタチはどこか変だった。
人語が話せるという点ではない。彼は表情があまりにも豊かだった。いくら何でもオオタチは笑わない。
「ところで、俺がこれから行くところは、俺の空間でもあるんだ」
「はい…?」
「俺の空間にアミダや君の弟が進入できたなら、空間は繋がるだろうね」

このオオタチは呪われる前の自分を知っている。恐らく、このオオタチは昔のグラップも知っているはずだ。

イエスたちはExitの扉の前に着いた。鍵は既に開いていて、扉に象られたリザードンがこちらを見ていた。
扉に手をかけると霊の悲鳴が聞こえた。誰かが地獄の蓋を開けたみたいだな、とイエスは思った。

開けるのは、もちろん彼自身だったが。     (#85 I 09.06.27)



――昔、悪夢を引き起こすポケモンの出現により、大勢の人々が悪夢に苦しめられた。
悪夢から覚めさせる方法も分からない。やがて悪夢に襲われずにすんでいた者たちは、
自分たちの住んでいた場所を離れ、それ以外の者たちは悪夢に閉じ込められたままその場に残された。

やがて悪夢は、正気の者にまで幻覚を見せるようになった。
事例があるとすれば、悪夢にかかったポケモンが"自分が主人になる"という夢を見、
そしてそのポケモンの、正気であるはずの主人が、"自分のポケモンになる"という幻覚を見たそうな。

後に、悪夢から逃れられた人々の手により、そのポケモンは封じられたのだが。――


「あのダークライとグラップは、本当にここに存在するポケモンなのか?」

「は?」

エレキブルの上から「何言ってんだこいつ」というような視線がウィーナを見た。もちろんベカが。
「グラップが突然変異種で偶然悪の波動を覚えてしまった」又は「ゴウカザルの仮面を被ったポケモン」という考え。
そしてもうひとつ、「あの2匹、もしくはグラップのみは幻覚ではないか」という事を考えた。ある意味後者と同じだが。
最悪、この町全体が幻覚かもしれない。

今思えば、このゴウカザルもといグラップは、自身の「炎/格闘」というタイプに見合った技を出しただろうか?

「さっきの言葉、どういう意味なん」

ベカはエレキブルにしがみつきつつ、ウィーナに届くような声で訊いた。

「幻覚という可能性はないのか?」

同じくウィーナも、頭上のベカに届くように大きめの声で返事をした。
ベカは目を細め小首を傾げた。「さらに訳分からんがな」というような。
しかしグラップは違った。遠目からだが、歯ぎしりをしたように見えた。     (#86 N 09.06.30)



「幻覚ってどういう意味ですか」

「幻覚っていうのは……」

ウィーナが『幻覚』の意味を説明しようとしたことに気付いたためベカが遮って続けた。

「あの黄色い箱で僕殴られたんですよね、ちゃんと痛かったですよ」

「あのな、幻覚と幻は違うんだよ……」

「俺が言いたいのは『俺達にはグラップがゴウカザルに見えてしまっているんじゃないか』ってことだ」

ウィーナの発言にことごとくベカは困惑の表情を見せる。

「少し話を変えよう……町に入ってすぐのこと、覚えているか?」

「いろいろありすぎて覚えてないです」

「じゃあ思い出せ、最初のナゾノクサと会った時の話だ」

「まだ靴の溝にポフィンがくっついてます」

「それはどうでもいい、あのナゾノクサの喋った言葉の中に俺がおかしいと思ったことが二つある」

「一つは一目で俺たちが人間であることが分かった、そしてあの反応は初めて人間に会った反応じゃない」

「もう一つは……ベカ、ポフィンはゲームで何のために作る?」

「コンディションを上げるんじゃないの?」

「ああ、だが確かに奴はあの時『僕の仕掛けたポフィン弁償してください』と言ったんだ」

「ポロックを仕掛けるのは聞いたことはあるが……もしかするとポフィンも……」

「ポケモンがポケモンをおびき寄せんの?」


ウィーナの仮説に対するベカの素朴な疑問がウィーナの頭の中であの物語をめぐらせる……     (#87 T 09.07.07)



かつてある博士から、「悪夢を引き起こす」ポケモンの伝説を聞いた。それ以来、俺はそのことに妙に感心を持った。
三日とあけず図書館に通い、同じ本を何度も読み返した。

そのうち俺は、一つの物語に出会った。何気なく手に取った短編集の中に、それはあった。
百年以上前の出版物なので文字はところどころかすれていたが、読めない部分はなかった。筋はだいたいこうだ。

  遠い昔、悪い心を持ったポケモンが現れ、世界を闇に染めた。
  立ち向かおうとした人々はみな、非力なポケモンに姿を変えられてしまった。
  もはや絶望かと思われたが、彼らには「ニンゲン」の知能が残っていた。
  彼らは持てる知恵を振り絞り、闇の帝王を倒そうと連日策を練った。
  そしてついに、貢物に毒を仕込んで倒そうと決めた。
  その作戦は見事に当たり、闇の帝王は滅び、世界に平和が戻った。
  帝王を倒した毒の貢物は、後に世界を救った祝い物になった。
  今ではポケモンが喜ぶ食べ物、発案者の名前を取って、「ポフィン」。

初めて読んだときは、ポフィンにこめられた深い歴史に感動したものだ。
もっとも、物語だからそんなに信じ込むなと友人にたしなめられたが。

しかし今考えてみるとどうだろう。内容があまりにも一致してはいないだろうか。
ダークライ、悪夢を引き起こす、闇の帝王と言われてもおかしくはない。
そしてこの町のポケモンは実は人間で――というか、人語を喋ってたじゃないか。
そう思った俺は自分に嘲笑した。今思えば、自分たちはこの怪異をありのままに受け入れすぎていた。
しかも、この町全体が作りだす「物語」に引き込まれ、役まで演じている。まったく愚かだ。とことん愚かだ。


「だから、ポフィンの話どうなったのさ。聞いてるー?」

空中からベカの声が聞こえた。俺はふと我に返った。

危うく周りの状況をすっかり忘れてしまうところだった。俺は考えをまとめて、ベカに向かって口を開いた。     (#88 W 09.08.08)



「ちなみにグラップが怒ってるみたいだから三行で」
もう一度ベカの声が上から聞こえてくる。
「ああ三行ね、ええと。町のポケモンみんな元人間。
 グラップに操られてる。
 毒ポフィンでグラップ殺害可能ってことだと思う」
我ながらこの状況下でいい三行に絞れたと思う、これならベカもわかってくれるはずだ。
「咀嚼…ん? ちょっと待った、俺毒なんて持ってないけど?」
問題はそこだった。たぶんこの中で毒を持っている人は誰もいないだろう。
「で、そのことについてちょっとした解決策があるので、ちょっと降りてきてくれ」
それを聞いたエレキブルが空間上の磁力を操りゆるゆるとこちらに降りてきてくれた。
「で?」ベカの疑問符。
「だからつまり、町の人なら何か知ってるかもってことだ。もしかしたら毒の造り方なんかも知っている可能性が無いとは言えない」
中々の推論ではあるが、これには問題点が一つあった。
「が、それを聞くためには町の人の操り人形状態をどうにかしないといけないわけだ、ベカが一発殴れば治るかも?」
「いやいやいや、ちょっと待ってよ俺まじナゾノクサとかこえーし、超ボコられたし、やだよ?」
薄々そんな気配はしていたのだが、やはり思ったとおりになってしまった、さてどうするべきか。
「あ」ベカの歯の抜けた声がする。
「何」短い返事。
「あの、黄色いくちばしのこっち見てくるやつ。あいつの催眠術使えば…?」     (#89 B 09.08.10)



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