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「いやあ、美味しい。実に美味しい。もう一杯」
「はあい、どうぞ」

 実に15杯。コップ1杯200ミリリットルとしても、3リットル飲んでいる計算になる。
 しかも、飢え死にしそうな空腹のときならともかく、あの残酷たる蟹の地獄焼きをたらふく食べてからまだ1時間と経っていないのに。
「あいつの胃袋はどうなってんだ」
「ほんと、お腹壊しても知らないからね」
 1杯だけ飲んで丁寧に遠慮したヒロと、そもそも牛乳の半径1メートル以内に近づかないミユが聞こえよがしに言ってみたが、当然効果は無い。

 ひとり小屋の入り口に戻ったヒロは、スピナのことは諦めて、これからどうするか考えることにした。
 今朝の食事が終わった時点で、3人の所持金は2000円程度である。このまま旅を続けても、1週間しないうちに素寒貧になってしまう。
 そうならないためには、やはりトレーナーとのバトルで金を稼ぐ必要がある。
 しかし3人の手持ちは1匹ずつ、レベルはわずかに10、ましてやヒロのポケモンはコイキング――これでどう戦えというのか。
 かといって何もしなければ結果は同じである。そこで出した結論は、まずは人が集まる町に行くこと。
 町に出ればいろんな出会いがあるだろうし、ひょっとしたらアルバイトとかできるかもしれない。

 考えは決まった。ヒロは立ち上がり、もう一度スピナの様子を見に行こうとした。
 が、それより先にミユが小屋から出てきた。怒っているような、笑っているような、変な表情をしている。
「あれ、一人? スピナは?」
「20杯飲んで動きが止まって、すごい速さでしかも無言でトイレに駆け込んだ」
 予想通りだった。ヒロの口から苦笑が漏れる。
「ん? あれ……誰?」
 ミユがヒロの後ろを指差して言った。ヒロが振り向くと、見知らぬ影が2つ、こちらに近づいていた。

「おい!ウィーナの息子、ヒロだな!」
 影の一つが突然大声で呼ばわった。何故自分のことを知っているのか。もしや、父の知り合いか?
 いや――影が発する恐ろしいまでの殺気は、それが真逆、つまり父の敵であることをありありと物語っている。
「薬をよこせ!」
 同時に二つの影が飛びかかってくる。背が高い父よりもさらに大きい。
 ヒロもミユも、無意識のうちにモンスターボールをつかんでいた。初めてのポケモンバトル、相手は父の敵、ひいては自分の敵である。     (#34 W 10.05.07)



 男たちは黒のフルフェイス・ヘルメットを被っていた。ヘルメットの側面には炎をイメージした赤色のデザインが走っている。
 嵌めたガラスは濃い色をしているので、彼らがどこを見ているか分からない。また、彼らは黒色の鎧を身にまとっていた。
 その鎧は彼らが動くたびに擦れ合い、重い金属音がしたが、彼らの動きが鈍ることはなかった。むしろ彼らは身軽に動いた。
 鎧は角張ったところがなく、丸みを帯びていて、滑らかに黒光りする。スリムだ。
 男たちは影と呼ばれるにふさわしい身形をしていた。

「リーダーの手を煩わせるまでもない。ここは俺ひとりで十分です」

 飛びかかってきた1人が、もう1人を制した。手にはモンスターボールを握っている。
 リーダーと呼ばれた男は、それ、死亡フラグだぞ、と呟いて後ろに下がる。冷静に見てみるとこいつらマジ変質者だな。

 ……ヒロは父親のことを考えていた。彼の父親は趣味でポケモンの研究をしている。主にポケモンの精神、神経、心理状態の研究。
 父は自分の研究所を持っているわけではない、自宅の書斎で分厚い本を片手に書き物をしている。
 たまにそれで何か発見することがあると、嬉々としてオダマキ博士の研究所へ足を運んだ。
 ある日オダマキ博士から父の研究のことをかいつまんで説明されたとき、思わずヒロは父に感銘を受けた。

「君のお父さんはミロカロスの研究をしている。ヒンバスというみすぼらしいポケモンが、
 ミロカロスに進化するのを発見したのは、事実上、君のお父さんだ。本人はそれを否定しているけどね。
 彼はヒンバスの中に美に対するコンプレックスがあることを発見した。そしてヒンバスが、
 自分は美しいと自覚するようになるまで、ヒンバスの考える美について様々な努力と挑戦を続けた。失敗もあった。
 だがヒンバスの心理状態、精神を見抜く彼の不屈の研究姿勢。僕は彼を高く評価するよ」
 
 そんな父がプレゼントしてくれたこの薬。ヒロはモンスターボールを強く握った。理科系の男のこと、それからファインのことを思い出す。
 彼らはこの薬に対し、少なからず興味を示していた。だが、誰にも渡してやらないぞ。これは俺が守り、俺が使うべきときに使う。

 ヒロはスイッチを押した。 「出て来い! コイキング!」

   ***

「チコリータ、"葉っぱカッター"!」
 チコリータの体がフワリと浮かんだ。頭の葉を回転させ、青葉を発射する。葉の先端は鋭く尖っていて、風を切った。

 細身、黒の美しい毛並み、空に向かって緩やかなカーブを描く角を持ったダークポケモン・ヘルガー。
 ヘルガーはチコリータの攻撃を鼻で笑うように、次々と迫ってくる葉っぱカッターに"火の粉"をピンポイントに放った。
 シュボッ、という音がして、葉っぱは一瞬にして灰に変わる。灰は風に流され、地に落ちる。

「"甘い香り"!」

 牧場の風に乗って芳醇な香りが鼻を抜ける。牛乳の匂いだ。ヘルガーは一瞬、とろりとした目をしたがすぐさま頭を振って攻撃姿勢をとった。
 相性が悪い、とミユは憎々しげに言う。相性が悪いのではない、これはレベルの違いだ、とヒロは思った。
 なぜならヒロのコイキングは5秒ともたず、ヘルガーの攻撃に倒れてしまったからだ。

「茶番はここまでにしろ」
 リーダーと呼ばれた男はそう言った。
「分かりました。ヘルガー、"炎の渦"!」

 ヘルガーの体から黒煙が吹き上がった。口に真赤な炎を溜めこんでいるのが見える。何かが焼ける匂いがして、ミユははっとした。
 甘い香りが焼けているのだ。チコリータの顔が歪んでいく。ヘルガーはチコリータに照準を合わせた。炎を撃つ。炎は吸いこまれるようにチコリータに向かっていく。
 ミユは動かないチコリータを抱き上げた。そして炎に背を向ける。私が守ってあげなきゃ――背中に炎の熱を感じたときだった。

「ひとりじめとか そういうの ダメよ!」

 ミユは失望しかけていた、仲間の声を聞いた。     (#35 I 10.05.08)



「未来のバシャーモ! ヘルガーに火炎放射!」
「えっ」

その声は、さっき急いでトイレに駆け込んでいたスピナのものだということを理解した。
声の方に顔を上げた瞬間、ミユの目の前の酸素をオレンジ色を放つ灼熱の炎が薙ぎ払っていった。

「負けるな未来のバシャーモ! 火炎放射二発目!」
先の火炎放射でスピナが相手のヘルガーを牽制している間に命からがらスピナの元へ避難出来たミユは、呼吸を整えつつもまず両手で自分の髪に触れた。
「チリチリに……なっとるがな……」
前頭部の髪はさっきの炎に熱せられて無残にも縮れてしまっていた。
助けて貰ったことはありがたいが、これは文句を言わなくては。早速スピナに話しかけようと近くに寄ったとき
「うおぉ熱ぃ!」
思わず叫んでしまったほど熱い炎がまたミユの横を掠めていった。なんだかそろそろ本気で命の危険を感じる。
ミユは今額に汗をかいているが、きっとこの汗は炎の暑さによるものだけではないはずだった。
ふとヘルガーを見ると、ヘルガーはもう既に口を大きく開け、口腔内で赤い炎が渦を巻かせていた。
炎耐性が無いミユにはこれ以上耐えられそうにない、今まで生きてきた中で一番速く、ヒロの元へと走った。     (#36 B 10.05.08)



「すいません!!!」
「えっ」

チコリータを抱えたままミユはヒロの背後に逃げ込んだ。
瞬間、ヘルガーの口から放たれた炎はヒロの肩を掠めた。
「あっぶな!」
熱さと痛みから左肩に目を向けると、服は焦げ穴があき熱にさらされた肌は赤くなっていた。     (#37 N 10.05.19)



「よそ見してると死にますよ」

 アチャモは空に向かって炎を吐く。初めは明るい日光をうけてほとんど見えなかった炎も、次第に火勢を得て色づき、やがて沖天にそそり立った。
 辺りは溶鉱炉の中のような熱気に満ちる。海から吹く風はそのまま火花の流れだった。

「落とせ!」

 スピナの合図にあわせて、アチャモはその火柱をヘルガーに振り下ろした。凄まじい熱風がおこる。
 火炎はあたかも一種の野生動物であるかのように、鷹が空から降下してくるのとそっくりに、やがて獲物へ――。
 火炎はヘルガーを呑みこんだ、逃げる暇さえなかった。火炎を地面に叩きつけた衝撃は、牧場全体を震撼させるかのように見えた。
 なんという技だ、とヒロは呟く。

「鷹落としコンボ」

   ***

 いつの間にか、スピナたちのまわりには人だかりが出来ていた。どれも見知った顔だ。それは昨夜バトルフィールドにいた、あのポケモントレーナーたちだった。
 恐らくアサギシティが封鎖されて、この牧場に流れてきたのだろう。群集の中にはジェントルマンの姿もあったが、肝心の白衣の男は見当たらなかった。

 スピナの攻撃が決まるたびに、彼らは大声で叫んだり歓声をあげたりした。ただのストリート・バトルにしては異様なまでの盛り上がりようだ。
 彼らは昨夜スピナに負けたというのに、罵声を浴びせるでもなく、スピナを応援している。
 スピナは嬉しかった。なぜこうまで喜んでいるのか、その原因は明らかではなかった。唇は熱気で乾いていたし、衣類はびっしょりと汗で濡れ、頬は真っ黒だった。
 だが観客から拍手喝采を浴びると、彼の疲れきった体は再び元気を取り戻すのだった。

 スピナはポケモンの楽しさが分かり始めてきた。

   ***

「もういい、見てられん」

 ついに見るに堪えなくなったか、リーダー格の男が前に出た。ヘルメットが白々と輝いている。

「人も多くなった。これ以上我々の存在を世間に晒すわけにはいかない。
 お前はウィーナの息子から薬を奪ってこい、このガキは俺が片付ける」
「イ、イィーッ!!」

 戦闘モノの下っ端よろしくビシッとした敬礼を決めて、男はヒロとミユのところへ走っていく。
 止めろ! スピナは男の動きを止めようとしたが、リーダー格の男がそれを許さなかった。
 スピナの前に立ちはだかった男の手には、モンスターボールが握られていた。     (#38 I 10.05.21)



牧場前の道路を挟んでモーモー牧場と反対側には、傾斜の緩やかな小山が存在しており、
その山に作られた遊歩道の入り口を少し進んだ辺り、周りを緑滴る木々に覆われ森閑としている場所にファインは居た。
周りには誰もいないことを確認しながら双眼鏡を覗いている作業は非常に面倒で精神を消耗する仕事だったが、そんなことを言っていられる状況ではなかった。
小さく舌打ちをしたときポケットに入っている携帯電話がバイブレーションを鳴動させた。
携帯を取り出してフロントパネルに表示される番号を確認するも、そこには番号ではなく、「ヒツウチ」の文字が表示されているだけだった。
まぁ誰であろうが特に困ることはないのだが、ファインは通話ボタンを押した。
「もしもし?」
「どうも、お久しぶりです。ドダイトです」
電話から聞こえてきた声は、男にしてはトーンが高いのが特徴的だった。
「ドダイトか、確かに久しぶりだが、何の用件で電話を?」
「それなんですが、この前の薬の結果が出たんですよ」

ドダイトの話曰く、俺がデパートで一滴持ち帰った半透明の薬を研究してみた結果、どうやらそれは反応を示した。つまり本物だったらしい。
つまり、ヒロという少年が持っていた薬が本物だったということだ。
「そうだったのか、それは良かった。わざわざ危険な橋を渡ったかいがあったもんだ」
「でもファインさん、その、注射器のほうはいつ頃手に入れられる予定で?」
注射器のほう、というとヒロが持っているものということか。それなら今すぐにでも盗りたいものなのだが……。
「そう、それについて話があるんだが」

ファインはヒロ達が牧場に足を踏み入れてからの、ここまでの経緯をドダイトに話した。特に黒服の男達については重点的に。
「俺は黒服の奴らが仲間だとは思えないんだが、お前は何か知っているか?」
「うーん、私にも分かりませんねぇ……。怪しい臭いはプンプンするのでとりあえずそいつらも見張っておいたほうが良いのでは?」
「言われなくても見張っている途中だ。今彼らと薬を持っているヒロとかいう子供達が戦っているところだ。とりあえず黒服達に取られないことを最優先にしなければな」
では本部にこのことについて伝えておきますね、というドダイトの言葉を最後に、電話は切れた。
双眼鏡を覗くと、船の中でこてんぱんにしてしまった男の子が先ほどから相変わらず黒服の一人と互角の戦いを繰り広げているところだった。
このまま彼が黒服を倒してくれれば楽なのだが……、そういった甘い考えも浮かんできたが、
それは直後に壊されることになってしまった。黒服のもう一人の男が、薬を持っているヒロ目掛けて飛び出したのだ。
「盗られるわけにはいかないな……」ファインは舌打ちをして、対処法を頭の中で巡らせる。     (#39 B 10.05.21)



 黒服はヒロを目がけて走ってくる。
 スピナとアチャモはもう一人の黒服のせいで動けないし、ましてや自分の手持ちなど論外だ。ミユのチコリータも、倒れてはいないが、疲れが目に見えている。
 走って逃げようか、とも考えたが、すさまじいスピードで駆けてくる黒服を振り切れるはずもない。
  ――いや、思考の時間さえ、もう残されてはいない。敵はもう目の前だ。このままだとおそらく一撃で殴り飛ばされ、薬を奪われるに違いない。

「やるしかねえ」

 ヒロが低く呟いた。そして覚悟を決めて前に踏み出す――黒服は少しもためらわずに腕を伸ばす。それを紙一重でかいくぐり、右足を軸にして左に飛びのく。
 それでも黒服はなお動じず、伸ばした右腕をヒロに向けようとしたが、ヒロの右足が残っていることには気付かず、足を引っ掛けてしまった。
 黒服はやや左に傾いた体制で前に崩れ落ちる。その真正面にはミユの姿があった。恐怖に駆られ、思わず目を閉じる。
 しかしヒロがミユに合図を送るまでもなく、彼女の体が本能的に動いた。腕を構え、前に突き出す――

 ゴッ!


  ――鈍い音がした。ミユが恐る恐る目を開けてみると、黒服の、ヘルメットをかぶった重い頭部が右腕に乗っかっていた。肘は喉にめり込んでいる。
 黒服は背が高かったため、前のめりに倒れたときに首がちょうどミユの腕の高さにあったのだ。
 ミユは反射的に身を引いた。同時に、黒服がうつぶせになって、ドサリ、と芝の上に倒れこんだ。

 この驚くべき光景を前に、全ての時間が止まったようだった。牧場の丘の周りにいた全員の視線が、力なく倒れている黒服に集まっている。
 一方、スピナと戦っていたリーダー格の黒服は、いよいよ形勢不利と見て、エンジュシティとは逆の方向に逃げ出した。しかしそれを追う者はいなかった。

「ねえ……これ……死んじゃった?」
 ミユは恐怖がぶり返してきて、心臓が激しく鼓動を打っている。
「いや、まさか……でもしばらくは起き上がりそうにないな」
 ヒロが額の汗をぬぐいながら言った。
「とにかく、もうここに長居はできないよ。早いとこエンジュシティに行こう」
 他の二人を促して、足早にエンジュシティを目指して歩き出した。

 数十人からいたギャラリーは、拍手も挙げられずに、去り行く三人を半ば呆然と見つめていた。
 そして、森の中からも彼らを双眼鏡で見つめる男が一人――ファインは、ひとまず胸をなでおろし、木々の間に消えていった。     (#40 W 10.05.22)



 ――場所は変わって、アサギシティ。
 インフォメーションセンターの爆弾事件は無事、事なきをえて、港の張りつめた緊張は解かれつつあった。キャモメの鳴き声が海に響く。

「お前のほうから出向いてくれるとは、ご苦労なことだな」

 イコスたち国際警察一同は、船乗りの溜まり場だという古びた食堂に入っていた。仕事終わりの打ち上げだ。
 テーブルの上にはウェイターが運んできた『蟹の地獄焼き』がある。蟹はまだ息があるらしく、足が小刻みに痙攣している。
 また時折大きく体を震わせるので、蟹の体にかけられた真赤なソースがテーブルの上に飛び散った。それはまるで血のようだ、誰がこんなものを食べるのだろう。

「本当にすまないという気持ちでいっぱいなら、どこであれ土下座ができるんだ。
 たとえそれが肉焦がし、骨焼く、鉄板の上でも」

 イコスの上司はそう言いながら蟹をつつく。なるほど、肉の焼ける音は悲痛なまでに聞こえてくる。上司のサディスティックな性格を見るのは、もう慣れていた。

「なあ、そうだよな。黒服?」

 上司はにやにや笑いながら――屈強な警察たちに囲まれて椅子に座っている男――黒服に話かけた。

   ***

 話を進めるにつれて、シーギャロップ12号の爆弾事件の犯人は、黒服、この男に間違いないということになった。
 犯人は必ず現場に戻ってくる、とはよく言うが、黒服もそのひとりだった。
 彼は明らかに錯乱した様子で、街の外を警備する警察たちに寄りすがったという。助けてくれ、部下が女に殺された、と。

 話に一区切りがついたところで、上司は黒服にそのフルフェイス・ヘルメットを外すよう命令した。黒服は無言でそれに従い、ヘルメットを外す。  イコスは我が目を疑った。その顔は今朝、インフォメーションセンターの前で厨二的会話を繰り広げていたあの男に違いなかった。
 それを見ると、あの会話を目撃していたイコスの部下は露骨に喜んでみせ、有益な報告を無視したこのクズ部長め、とイコスを大声で罵った(彼はすでに酒の酔いがまわっていた)。
 馬鹿な、こんなマニュアル通りな悪役がいてたまるものか。

「それで、動機は何なんだ?」
「ふん。それだけは教えられない。たとえ焼き土下座をさせられようとな」

 黒服は断固として、それだけは口を割らない様子だった。

「まあ、いいさ。どうせ俺たちは署に帰るんだ、何もここで聞く話でもあるまい……」

 上司は番茶をすすった。

   ***

 3人はエンジュシティに辿りついた。参道には苔むした灯篭が並び、朱色のツツジやサツキが咲き集っている。
 思わず立ち止まってしまうような、風情ある美しさ。空気はひんやりとしていて、スピナはバトルの疲れからかしばし清涼の感に浸った。

「そうだ、京都に行こう」     (#41 I 10.05.31)



『歴史の横顔を今に伝える町』
 エンジュシティには、アサギシティとはまた違う賑わいがあった。
 古都の豊かな風情に包まれた街並みを観光客たちが笑顔ですれ違う。実に心安らぐ風景ではあったが――
「……で、これからどうすんの」
 ミユが呟いた。
 美しい古都であろうが、潮風が吹く港町であろうが、金が尽きる寸前の3人は家出少年同然であった。
 人が集まる町に行けば何かあるはずだと考えていたのは甘かった。3人は孤独だった。賑わう群衆の中だからこそ、一層孤独だった。

「やっぱり、手がかりなんてそう簡単には見つかんないよな」
 あてもなく歩き回って、ポケモンセンターの前で腰を下ろした。既に町は夕陽の色に染まっている。
 あと3日もすれば無一文――そればかりが脳裏に浮かび、惨めさに押しつぶされそうだった。それでも、スピナだけは例によって楽観的であった。
「まあ、猶予はあと3日ほどあるわけだし、そのうち何か起こるでしょ。というか、ここでどうにかなんないと俺たち死んで終わりじゃん?」
 いつもならこの直後にヒロが鬼の形相でスピナの胸倉をつかみ、ミユが肘鉄を決めてKOなのだが、もはやそんな気力さえなかった。
 むしろ、喜と楽だけで動いているようなスピナがこんな時にはうらやましい……。

「キャアア!」  突然、夕暮れの古都に若い女の悲鳴が響いた。場所はすぐ近く、ポケモンセンターの裏手のようだ。
「うわ、ほんとに何か起こったし、俺すごくね?」
 予言の的中を誇るスピナを放置してヒロとミユはすぐに現場に向かう。
 そこはエンジュの歌舞練場、通称「踊り場」の目の前だった。そして事件を目の当たりにしたヒロたちは驚愕する――
「やめて、離して!」
「そっちこそ手を離せ、こいつを俺によこすんだよ」
 一人の男が、小柄な舞妓の持つ黒いかばんを狙って奪い取りにかかっていた。寸前に気付いた舞妓は持っていかれまいとするが、力の差は歴然としている。
 しかしそれよりも驚いたことには、男はモーモー牧場で見た黒服と同じ格好だったのである……。
 ヘルメットこそ被っていないが、機動性の高い真っ黒な鎧はあの時見たものと全く同じだった。
 言い知れぬ怒りと戦慄が体を衝き動かす。ヒロが無謀にも飛びかかろうとしたその瞬間、すぐ横をモンスターボールが飛んでいった。同時に、後ろで奇声が聞こえた。
「行けえぇぇぇぇっ、未来のバシャアァァモオォォォオッッ!」
 無駄にテンションの高い呼び声に応じてアチャモが飛び出す――その前に、ボールが男の頭に直撃した。

 ゴッ……

 鈍い音を立てて、男が小さくうめき声を上げ、舞妓のかばんを離したかと思うとその場に崩れ落ちた。
 実はモンスターボールというのは、中にいるポケモンの安全のためもあり、案外丈夫に出来ている。
 近頃では(事実かどうかはともかく)「グラードンが踏んでも壊れない」と謳われるほどである。
 そして、ただでさえ硬いのにフルテンションのスピナがハイスピードで投げたために破壊力は抜群であった。
 ボールがぶつかった後に飛び出してきたアチャモは、男の背中にちょこんと乗っかっていた。

「うわ、こんなことあっていいの」
「モンスターボールは凶器だったのか」
 黒服への怒りも戦慄も吹っ飛んでスピナの予想外の技に驚きあきれるミユとヒロ。そこに、落ち着きを取り戻した舞妓が歩み寄ってきた。
「ほんまに……おおきに。おかげで助かりました」
「ん、まあ偶然の産物だけど、まあこう運もこのスピナの実力の――」
「これが盗られたらもう大変でしたわ。なんかあんさんらにもお返しせなあきまへんなあ」
 得意げなスピナを見事にスルーして舞妓はヒロたちのほうを向いた。ヒロとミユは顔を見合わせた。しばらくして、ミユが真剣な顔つきで舞妓を見据えて言った。
「じゃあ、お願いしたいことがあります。私たち……強くなりたいんです」     (#42 W 10.06.21)



「いやー、うちポケモン勝負はあんま扱っとうないんですわ。すいまへんなぁ。」
「あ、フラれた」


 一行、とくにミユはがっくりと肩を落として、とぼとぼとエンジュの街を歩いていた。  空は暗くなってきていたが、ミユの表情はもっと暗いので、男二人はお互いに顔を見合わせて、さてどうしたもんかと遣る瀬無い表情をしていた。
「まぁ、元気出してよ。仕方ないって、うん」
「うん……どうも……」
 隊長、これは無理です。そうヒロに呟いてスピナは二人より数歩先を歩き始めた。別の言い方をすれば、逃げた。
 会話もままならないヒロはズボンのポケットに手を入れ、きらきらと黄金色に輝く角ばった石をすくい取って眺めてみる。
 その石は先ほど、舞妓さんが「お礼に」とくれたものである。
 石にまつわる話を聞いてみると、「うーん、ただの貰い物なんやけど、うちに必要あるものでもないさかい。
 でも綺麗やし質屋にでも売れば小金稼ぎにはなるんちゃいますか」ということで、金が無いヒロ達にはとても嬉しい話だった。
 ヒロはふと、石を眺めているうちに、その光沢が余り強くないことに気付いた。
 ダイヤモンドのように光を乱反射させるような光沢ではない、しかしただ、在りのままに艶やか。
 まさかこれは本物の……。もしそうだったら、少し手にずっしりとくる重さだから……。
「ねぇヒロー? ヒロー? おーい」
 確か金の相場はグラムあたり三千円だかか四千円だかだったな、仮に三千円だったとしよう。
 この重さは100グラムはかたい、3000掛けることの100……おいおい11歳が持つ金額じゃねぇぞ。おいおい、まじかよ。おい……
「うわぁ一人でにやついてる、きめぇ。見てよミユあれ」
「うん……? あー、確かに……」ヒロは独り言を言っていた。恐い。
「ところでさ、話があるんですよ。あの人ってさ……」そう言ってスピナが前に見える店のあたりを指さした。
 ミユは「人のこと指でさしたらいけないんですよー」と呟きながらスピナが指を向けた方向に目を凝らす。
 男が2人立っていたがそのうちの一人に注目がいった。ロン毛のほう。
「あぁー、たぶんあれ、ナントカさんだよね、船の中で出会った」
「やっぱり? ミユもそう思うよね。ちなみに名前はファインさんです」スピナはガッツポーズをして、俺の目は凄い、とかぶつぶつ言っていたけどあえてスルー。
「で、どうしようか。また会ったことだしご挨拶にでも行く?」スピナがヒロの方をちらっと見た。「ヒロがあんなだから、ミユさんに決めて欲しいのですが」
 どうしよう……。とミユは手のひらを口元に持っていって考えるフリをしたが、答えはもうすでに決まっていた。会わない。
 だってアイツ、感じ悪いし。さてなんと言って断るか、構想を頭の中で練ってみると意外とすぐ思いついた。
「うーん、確かに挨拶は大事だとは思うけど、今はほら、何か話してるみたいだし? 邪魔はイケナイと思います」我ながら完璧な断り方である。私すごいね。
 その言葉を聞いてスピナは残念そうな顔をしたが、「確かに一理ある」とか言って納得してくれたようだった。「じゃあ邪魔しないようにそこの曲がり角でもまがりますか」
 ミユはうなずいて、そのまま直進しようとしているヒロを力ずくで引っ張り無理やり右折させる。
 その時ふと前を見てみると、あのロン毛のナントカさんがこちらを見ている気がしたので、軽く会釈をして道を曲がった。     (#43 B 10.07.11)



 マツバがスリバチ山での修行を終えて、エンジュシティに戻ってきたときのことである。
 大門を抜けて関所に入ったが、迎えの僧は誰もいない。何人かの僧の名前を呼んだが返事もない。
 仕方がなくて、マツバは実家までひとりで歩くことにした。袈裟の生地はすっかり硬くなり、金剛杖の先も大分磨り減ってきていた。
 体もひどく疲れていた。思い立ってマツバがフレンドリィ・ショップの店先で一息つこうとしたところで、偶然ファインと鉢合わせた。ファインの顔を見るのは久しぶりのことである。
 再会を喜びあっていると、突然ファインが歌舞練場の方角に顔を向けた。
 一体どうしたのかと思ってマツバもそちらを見ると、暗がりの電信柱の陰から3人の子供らが姿を現した。
 子供らはマツバたちに気づくと黙って会釈をして、道を曲がっていく。中々利口そうな子供らである。

「あれか。君の言う子供らというのは」
「……まだ何も言ってもいないのに、よく分かるな。さすがは千里眼の持ち主だ」
「そうだと思ったよ。君が何の理由もなく僕に会いに来るはずがない、君は計算高い男だから」

 その話はまた後にしよう、と言ってファインはまず自分の近況を語り始めた。何だかんだで彼が実際のところ、マツバとの再会を喜んでいるのは表情で分かった。
 その顔は何年も前にマツバに戦いを挑んできた、そしてマツバに勝利した、あのころの挑戦者の顔つきをしていた。
 マツバは相手の話を聞くときにはよく目を閉じる。目を閉じていないと、話の顛末が"見えてしまう"からだ。
 ファインはカントーからホウエンに渡ったり、またわけあってジョウトに来てしまったことなどを話した。
 ずいぶん忙しく活動しているようだが、彼は自分が何の仕事をしているのか最後まで明かさなかった。
 マツバは片目を開けた。だが彼の仕事には複雑な事情が混みあっているらしく、マツバには何も見えない。

「で、あの子供らは何なんだ」
 と尋ねると、ファインは半分笑いながら答えた。
「彼らはああ見えてポケモントレーナーなんだが、腕が良い。知識も豊富らしい。だが惜しいことにその力をまだ
 発揮しきれてはいないように見える。そこでお願いなんだが、彼らを強くしてやってくれないか? トレーナーとしても、心身的にも」

 新人トレーナーの育成を任されることはよくある。それはジムリーダーとしての責務のひとつであるから、マツバはそれに何の疑いも持たない。
 だがマツバにはそれがファインたっての頼みであるようにも見えたし、彼の複雑な事情絡みの頼みのようにも見えて困った。
 後者の場合なら何があるか分からない。マツバはあの子供らの素性まで、もっと注意深く見ていればよかったと後悔した。
 しかしマツバはそんな不安を微塵とも顔に出さず――いいよ、と頷いてみせた。

「ありがとう。助かる」

 マツバは3人の子供らの姿を思い返す。彼らは何をするつもりか知らないが、質屋に向かっているように見えた。
 どうやらそこでかなり長居するらしい。こういうときにマツバは千里眼を持っていて良かったな、と思う。
 こちらもまだ修行を終えたばかりの身である。マツバは実家に戻って衣服を整えてから、質屋に向かうことにする。

   ***

「なあスピナ、かのサンフランシスコはゴールドラッシュで急激な発展を遂げたし、
 錬金術において金は大きな意味を持った。オウ、スパニッシュ! 黄金だよ、きみ、黄金」
 ヒロは語ることをやめなかった。ミユが手を繋いでやらないと、ヒロは歩くことさえおぼつかなかった。
「モルダー、あなた疲れてるのよ」

 3人は瓦屋根の質屋に着いた。藍色の暖簾がかかり、店の中には骨董品と呼ぶべき類が棚に並べられている。ヒロはきらきらと輝く石を握って、暖簾をくぐった。     (#44 I 10.07.14)



 時間はそんなにかからなかった。
 数十万はかたいとみて震える手で差し出した「それ」は――

「ああ、これは雷の石やな」

 ヒロは目の前が真っ暗になった心地だった。後ろにいたスピナは思わず吹き出してしまった。
「なあ兄ちゃん、見た感じポケモントレーナーみたいやけど……進化の石、売ってええんか? それともどっかで拾ったんか?」
「いや……あの、なんでもないです。すいません……」
 ヒロは、今は雷の石になった「黄金」を引き戻して、呆然としたまま店を出た。
 スピナもミユも、店主に軽く会釈をしてからヒロの後を追った。

「そうじゃん……普通に雷の模様あるじゃんよ……何が黄金だよ……グラム三千円とか何考えてたんだよ……」
 店を出てからもヒロはうわごとを呟いている。
 あまりに可哀想だと思ったのか、スピナはいつもならお決まりの「ねぇねぇ今どんな気持ち?」をやってみせるのだが、今回だけは黙っていた。
 それでもさっきの光景を思い出すたびに吹き出しそうになっていた。
 ミユは、さすがに空気を読んで悲しそうな表情をしていたが、心の中では大爆笑だった。
 なんせ、最初から雷の石だと気づいていた。ヒロがあまりにも黄金に取り憑かれていたので言うに言えなかったのである。
「まあ……どっかで役に立つって。ほら、ライチュウとか、サンダースとか」
「とか、って、その二匹だけじゃん」
 余計なことを言いやがって、とスピナをにらみつけたが、幸か不幸かヒロには全く聞こえていない。
 しかし、ヒロが突然立ち止まった。まさか聞こえたのか、と後ろの二人は硬直したが、そうではなかった。目の前に一人の男が立っていた。

 金髪に、紫のバンダナと紫のマフラー。エンジュのマツバといえば、知らない者はいない。
「ある人から、君たちのことを頼まれた。一緒に強くなろう」
 前置きも何もなく、本題だけを極めて簡潔に言った。
 だが、それだけで十分だった。千里眼は、人の心に入り込む能力である。相手を一言で納得させるなどたやすいことだった。
 ヒロたち三人は、まるで言葉を失った人形のように、操られるようにしてマツバの後をついていく――

 ――あまり使いたくなかったんだが。

「彼」の頼みであるからには、事情が分からずとも、急がなければならないだろう。彼らには、後でゆっくり説明してやればいい。
 長い苦行で得た心眼に間違いはない。それだけに、不安だった。     (#45 W 10.07.26)



 いきなり目の前に金髪イケメン紫マフラーお兄さんが現れ、誰何する暇もなく「一緒に強くなろう」という言葉。
 スピナの第一印象は「リア充死ね」。ヒロの第一印象は「凄い不審者が来たなあ」。ミユの第一印象は「遂にめぐり合えた、私の王子様」であった。
 余談だが今ミユの視界には風情ある古都ではなく清澄した青空と色とりどりのお花畑が見えている。
 しかし何故彼にそんな悪印象を持っているスピナとヒロがついていってしまうのか。
 彼らは「この人についていかなくては」という責任・義務みたいな、そういった目に見えない不気味な何かに背中を押されているような感じがして歩むことを止められず、
 不思議と彼の後ろに付いていってしまうのであった。ミユは、その、アレである。

「君達、ポケモンバトルで強くなろうと思ったことは無い?」
 3人の前をポケットに手を入れて歩いているリア充かつ不審者かつ王子様が、3人に顔を合わせることをせず進む先だけを見ながら言い出した。
 スピナが舌打ちする前にミユが「あります。いつも思ってます」と即答した。
 スピナが小さく舌打ちをして顔をしかめた頃にはもう「なのであなたと共に是非強くなりたいです」まで言い終わっていた。
 怖いなあ、ヒロは純粋にそう思った。ついでにスピナは、初対面に対して敬語を使わずともこの圧倒的コミュ力、こいつはリア充の中でも殊更リア充なんだなと感じた。
 勝てないな、とも。「そうか、ならよかったよ」「こちらこそ、どういたしまして、よろしくお願いします」会話は二人だけのものになってしまっている気がする。
 前を歩く彼にヒロが「ところで、あなたは一体誰なんですか?」と尋ねた。
「そういえば僕の名前を言ってなかったね、僕はマツバっていうんだ。よろしく」と彼は答えた。そしてミユはその言葉により一層目を輝かせたように思える。
「うわぁ一人でにやついてる。やべぇ。見てよヒロあれ」
「うん……? あー、確かに……」
 ヒロがミユのほうを振り向くと、胸の前で両手を組んで、口をぽかんと開けて恍惚としているところであった。素敵な名前……とか呟いている。ロマンティックが止まらないようだ。

「それと、ある人って一体誰なんですか? で、強くなるといっても、具体的にはどのように? 俺のポケモン、コイキングなんですけど……」
 その問に対しても、マツバは相変わらず3人のほうを向かずに答えた。
「誰か、は言えない。でも君達が知っている人のはずだ。それで修行の場所なんだけど、あそこに見える山、スリバチ山でやろう」

 マツバが指さした先には、秋になると紅葉が美しい山ベスト10、みたいなのでよく聞くスリバチ山が、ずっしりとそびえたっていた。
 だが修行の地というよりは観光客が気軽に来られる程度の山なので、修行には合わない気もするが……。そこは余り疑問に持たないようにしようとヒロは自己解決をした。


 マツバは何故、ファインがあんなことを言い出したのかと、子供達の質問に答えている裏でずっと考えていた。
 何の関係も無い子供達を「強くしてくれ」なんていう奴はまずいない。必ずファインと何らかの関連性があるはずなのだ。
 だがしかしそれはファインの顔からは感じ取ることが出来なかった。答えは僕が自分で見つけるしかない。
 彼らに声をかけたとき、少しだけ、能力を使ってみた。
 一人の少年からは何故か「シネ、キエロ、ウザイ、ホロベ、リアジュウ」というまるで自縛霊の唸り声みたいなどす黒いものが感じ取れた。
 みたところ幽霊ではなさそうだったが、まあゴーストポケモンの扱いには慣れているのでそれほど心配することではなさそうだ。
 ちなみに最後のリアジュウという言葉の意味が分からない、お経か何かに出てくる言葉なのだろうか。
 紅一点の少女からは、一転して目がくらむぐらい光輝いている、というか光そのものが感じ取れた。
 そしてそれに照らされている多彩な草花は先ほどの彼の心を綺麗さっぱり浄化してしまいそうなほどである。
 余りにも眩しすぎて僕は彼女の顔をそれ以上見ることが出来なかった。
 そして最後の少年、この少年に僕は何かがひっかがった。
 純金、迸る電気、そんなのを感じ取ったときお金に酔っている、金の亡者というものなのかと思ったが、もっと深く意識をすると、
 金のもっともっと奥深くに、赤い色をした……雫? 心の奥底にてらてらとした赤い液体が捕縛されているのが感じ取れた。先ほどの二人とは明らかに何かが違う。
 3人の中で一番背が高いこの少年に目をつけることにした。あと本音を言うなら、他の二人には手を付けたくない。
 目を合わせてないのになんか「シネ、シネ、リアジュウシネ」と呟く暗黒のオーラが感じ取れるし、少女のほうはいつの間にか僕と腕を組んでいて、
 僕を呼ぶ際、「マツバ様」とか様付けになっている。太陽を直視したみたいに、目の奥に光が突き刺さる。おいファイン、この二人をどうにかしてくれないか。     (#46 B 10.07.26)



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